
夏の終わりに聞こえてくる「ツクツクボーシ」という声、とても印象的ですよね。ツクツクボウシの鳴き声は世界的にみても非常に複雑と言われています。しかし、可愛い声とは裏腹に時には他のオスの鳴き声を邪魔?することも… そんなツクツクボウシの鳴き声の秘密や生態について徹底解説します!
ツクツクボウシの基本情報


ツクツクボウシ
Meimuna opalifera
セミ亜科>ツクツクボウシ族>ツクツクボウシ属
見た目の特徴
全長:40〜47mm
黒色の体に暗緑褐色の紋が入る小型〜中型のセミです。胸部の紋は連続的で個体により多少変化しますが、ミンミンゼミやニイニイゼミなどの他種ほどの変異はありません。額は前方に三角形に飛び出します。オスの腹弁は逆三角形で下方に尖り、腹部は柔らかく紙風船状で、メスの産卵管は長く突き出します。前翅には2箇所の暗色紋があります。セミ全種に共通する形態的特徴についてはこの記事をご覧ください!


分布
北海道〜本州、四国、九州〜屋久島、トカラ列島、朝鮮半島、中国、台湾
南西諸島を除き日本に広く分布しますが、北海道や東北地方の一部では分布が局所的で河川周辺のヤナギ類を中心にのみ生息します。ただし札幌市などでは近年増加傾向にあるようで、今後の変化に注目です。海外にも分布し、韓国や台湾などでも普通にみられるセミとして親しまれています。
ツクツクボウシは伊豆大島〜青ヶ島にかけての伊豆七島(伊豆諸島)すべての島に生息し、最も広く分布します。種類数は本州に最も近い大島には多いですが、本州から離れるほど少なくなります。特に本州から遠い八丈島と青ヶ島にはツクツクボウシのみ1種類しか生息せず、その個体数もかなり多いためツクツクボウシの楽園と呼ばれています。一般的には早くても7月中旬から出現するセミですが、八丈島では6月中から鳴き声が聞こえることがあるようです。
時期
7月中旬〜10月
アブラゼミやクマゼミなどの夏のセミよりやや遅れて出現し、お盆過ぎの8月下旬ごろから9月上旬にかけて最盛期を迎えます。夏の終わりを告げるセミとして親しまれていて、場所によっては10月ごろまで鳴き声が聞こえることがあります。一方で、7月中から鳴き声が聞こえることも珍しくはありません。
鳴き声
腹部の共鳴室を動かして非常に複雑に鳴きます。本種ほど腹部を器用に動かす種類は日本には他にいませんし、世界的にみてもかなり珍しく、起承転結のある特徴的な鳴き声をしています。
① 「ジューージュクジュク…」という前奏
通常数秒程度で終わりますが、休憩のあと最初に鳴く時は前奏が長く1分以上続くことがあります。
② 「オーシンツクツク…オーシンツクツク…」
徐々にテンポを速めながら数回〜十数回繰り返します
③ 「ツクリヨーシ」「オシヨーシ」
②とは異なる鳴き方を2〜3回繰り返します。
④ 「ジューーー」という終奏
通常は上記の鳴き声を1セット鳴いたら鳴き止み、しばらくして再び鳴き始めます。起承転結の合間も自然と聞こえるように鳴き声のトーンや鳴き方が微妙に変わり、もはや楽器の演奏のように感じられます。ときどき癖のある、通常とは異なるような鳴き方をする個体がいます。鳴き声について、その他のトピックは後ほど解説します。明るい時間はほぼ1日中鳴きますが、特に夕方に活発で鳴き移りを頻繁に行います。この特徴的な鳴き声はヒグラシと並んで古来から日本人に親しまれていて、「法師蟬」として昔から文学作品にたびたび登場します。
生息環境
平地〜山地にかけて広い範囲で見られます。主に雑木林や公園など多少の緑がある場所に多いですが街中でも普通に見られます。しかし、前述のように北海道や東北地方の一部では河川敷のヤナギ類など生息地がきわめて局所的になります。サクラなど、さまざまな種類の木を好み、木の幹の低いところにもよくとまります。しかし、警戒心が高く敏感で動きも早いため近づこうとするとすぐに逃げられてしまうことが多いです。やや走光性があり街灯にも集まります。



羽化・抜け殻・産卵
羽化は他のセミ同様で夕方から夜間にかけて行われますが、稀に例外として日中に羽化することがあります。羽化場所は地面から数十cmから数mの葉や枝、幹上と様々で、抜け殻も同様の場所で多く見つかります。抜け殻は細長く光沢がないのが特徴で成虫同様に複眼の間の額部分が前方に突き出しています。産卵は木の樹皮や枯れ枝に行われ、卵は翌年の梅雨ごろに孵化します。幼虫期間は飼育下では1年だったこともあり、比較的短いようです。セミの羽化について詳しくまとめた記事がりますのでぜひご覧ください!





オス同士の妨害?合いの手?
セミの鳴き声はメスに求愛するための主鳴音(本鳴き)だけではありません。その他の目的で声を発することがあります。詳しくは以下の記事の「鳴き声」の項目をご覧ください!
その中でもツクツクボウシは主鳴音(オーシンツクツク…)を発するオスの個体に呼応して近くにいる別のオス個体が「ジューーー」という合いの手を発することがあります。これはミンミンゼミなど他の種類でもみられることですが特にツクツクボウシで顕著です。なぜこのような音を発するのか、理由ははっきりとしていませんが、仮説としてさまざまな考察がなされています。
【仮説】ツクツクボウシが合いの手を入れる理由
⑴ 他のオスの鳴き声を邪魔するため
⑵ 他のオスと一定の縄張りを保つため
⑶ 他のオスの鳴き声を聞いて近づいてきたメスを横取りするため
⑴については2025年最新の筑波大学の研究により否定的な見解が発表されました。
⑵について、ツクツクボウシは生息環境に強いこだわりがないため、他種のセミと比べて至近距離に密集して鳴くことが少ない傾向にあります。加えて、同じ生息地内でオス同士はある程度の距離を保って鳴いているいるように見えます。近くで互いに干渉し合って鳴くことを嫌うのかもしれません。そのため、オスは別のオスと一定の縄張りを保とうとすると考えられます。これはヒグラシやハルゼミ、ヒメハルゼミなど、生息環境にこだわりがあり、合唱性のある種類のセミとは対照的です。ツクツクボウシの合いの手は、自分の縄張りに他のオスが侵入して鳴いた時に「ここは俺の縄張りだぞ!」と示すためのものなのかもしれません。ただ、多種のセミにも縄張りがないわけではなく、なぜツクツクボウシやミンミンゼミなど限られた種類のみで合いの手が発されるのか、今後さらなる研究が必要そうです。
⑶については、単にオスとメスの交尾の機会を増やして繁殖に有利に繋げるために有効なのではないかと考えられています。
いずれの仮説も未だ完全に解明されたわけではなく、今後の調査や研究に注目です。
ツクツクボウシの方言
セミの鳴き声は同じ種類であれば地域が違っても同じ鳴き声だと思っていませんか?基本的にはその考えで間違いありません。どのセミも地域によらず同じ鳴き声をしていることがほとんどです。しかしツクツクボウシは地域によって鳴き声がかなり異なることがあります。日本産と屋久島産、朝鮮半島・台湾産でそれぞれ違う鳴き方をします。まずはもう一度ツクツクボウシの鳴き声を復習してみましょう。
① 「ジューージュクジュク…」という前奏
通常数秒程度で終わりますが、休憩のあと最初に鳴く時は前奏が長く1分以上続くことがあります。
② 「オーシンツクツク…オーシンツクツク…」
徐々にテンポを速めながら数回〜十数回繰り返します
③ 「ツクリヨーシ」「オシヨーシ」
②とは異なる鳴き方を2〜3回繰り返します。
④ 「ジューーー」という終奏
これは一般的な日本で聞けるツクツクボウシの鳴き方です。一部「エーシンツクツク…」と癖のある個体がいることがありますが、起承転結の流れは同じです。ただし外敵の接近などの理由で途中で鳴き止むことがあります。では屋久島ではどんな鳴き方をするのでしょうか。
① 「ジューージュクジュク…」という前奏
通常数秒程度で終わりますが、休憩のあと最初に鳴く時は前奏が長く1分以上続くことがあります。
② 「オーシンツクツク…オーシンツクツク…」
徐々にテンポを速めながら数回〜十数回繰り返します
③ 「ツクリヨーシ」「オシヨーシ」
②とは異なる鳴き方を2〜3回繰り返します。
④ 「ジューーー」という終奏
このように日本産ではみられる③の「ツクリヨーシ」の部分が完全になくなって「オーシンツクツク…」から直接終奏の「ジューーー」につながります。最後に朝鮮半島と台湾の個体の鳴き方です。
① 「ジューージュクジュク…」という前奏
通常数秒程度で終わりますが、休憩のあと最初に鳴く時は前奏が長く1分以上続くことがあります。
② 「オーシンツクツク…オーシンツクツク…」
徐々にテンポを速めながら数回〜十数回繰り返します
②’ 「ピキピキピキピキ…」
②→③の変化のタイミングで新たな鳴き方が加わります。
③ 「ツクリヨーシ」「オシヨーシ」
②とは異なる鳴き方を2〜3回繰り返します。
④ 「ジューーー」という終奏
なんと朝鮮半島や台湾に棲むツクツクボウシは日本産よりもさらに複雑な鳴き方をします。どちらも日本産との違いは同じで、②の「オーシンツクツク…」と③の「ツクリヨーシ」の間に②’で示したような「ピキピキピキピキ…」という新たな鳴き方が加わります。しかもこの部分は朝鮮半島産と台湾産で微妙に鳴き方が違います。ツクツクボウシは現地の言葉でそれぞれ韓国:애매미、台湾:寒蟬と呼ばれているので検索して聞いてみてください〜
こうした地域による同種の鳴き声の違いはセミの方言と呼ばれることがあり、ツクツクボウシ以外にもミンミンゼミでその事例があります。ミンミンゼミの事例についてはミンミンゼミの記事の「鳴き声」の部分をご覧ください!
まとめ
・黒い体に暗緑褐色紋が入る小型〜中型のセミ
・南西諸島を除く日本に広く分布
・他の夏のセミより出現がやや遅い
・8月下旬〜9月上旬に最盛期を迎える
・紙風船状のやわらかい腹部を器用に動かして非常に複雑に鳴く
・起承転結のある鳴き声
・一日中鳴くが夕方に最も活発
・街中でもみられる
・敏感で動きが早い
・抜け殻に光沢がなく細長い
・付近の鳴くオスに対して別のオスが合いの手を発することがある
・屋久島産や朝鮮半島・台湾産は日本産とは違う鳴き方をする
以上ツクツクボウシについての解説でした!
特徴的な鳴き方をするセミなだけあって鳴き声に関するトピックが多かったですね…
この記事を読んでわからないことやもっと知りたいことがあればコメントまでどうぞ!
参考文献
・林正美 税所康正『日本産セミ科図鑑』誠文堂新光社 2011
・税所康正『セミハンドブック』文一総合出版 2019
・中尾舜一『セミの自然誌ー鳴き声に聞く種分化のドラマー』中公新書 1990
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